奥克彦氏紹介


このコンテンツの目次

  • 奥克彦(おくかつひこ)
  • 追悼文
    • オックスフォードのビニール袋。
    • いまを生きる

追悼文

いまを生きる

ひとりの後輩より

私は幼い頃から“死”というものを非常に恐れながら生きてきた。「死の瞬間はどういう感じなのか?」、「死後の世界はあるのか?」等を考えると、夜も眠れなかった。

そんなことばかり考えていた影響からか、私は知人の死に際しても比較的、というかドライな程に冷静に受け止めてきた。

しかし、どうしたことだろう。今回の死だけは少し勝手が違うようだ。夜ひとりになり、その死ぬ様を思い浮かべると涙が止まらなくなり、アルコールに手を出してしまう。

あの人と接した時間は本当にごく僅かなものでしかなかったが、それ程にあの人の生き様は鮮烈なものだった。会って話をすることはできなくとも、遠くからでもあの人の生き方をもっと見ていたかった。

その後、私は成長すると、「どうすれば死への恐怖感を克服することができるのか?」ということを考えるようになった。いろいろと歴史の本などを読むと立派な死に方をした先人たちはたくさんいるが、とても私には真似できそうもない。少なくとも窮地に直面した際に、人を押しのけてまで生に執着することだけはないようにしたいものだと思っていた。

やがて、私はひとつの結論に辿り着いた。「どうやって死ぬかということに囚われてはいけない。大事なのはどう生きたかということだ。」と。この一瞬一瞬に自分にできること、やらなければならないことに精一杯取り組んでいれば、例え明日死を迎えたとしても悔いは残らないのではないか。

あの人は間違いなくイラクでも精一杯生きていたのだ。

人は誰でも死と隣り合わせに生きている。いまを精一杯生きていれば、自分自身にいざというときが訪れたときもきっと冷静に対処することができる・・・と、信じている。

そして、このことが自然に“人に対して優しくなる”という感情の芽生えに結び付いていくのではないだろうか。


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