日本ラグビーフットボール協会の機関誌「RUGBY FOOTBALL」に当時の「ナンバー」編集長が「オックスフォード大学日本人留学生歴史的トライ」と題する記事を寄稿

オ大独特のチュートリアル制度(担当教授と学生の一対一の授業)の話をきいていた時に奥君は「正直いえば、週一回一時間のチュートリアルのために多い時は5〜6冊の本を読まなければなりません。語学のハンデもあるし、前の晩は徹夜なんてこともよくあるんです。日本の大学とはきびしさが全然違います」。

そのきびしい勉学に明け暮れる奥君がオ大ラグビー部の試合に出場したというニュースを聞いたのは3月上旬のことだった。都合で英国に残り、再びオ大を取材にいった栗原カメラマンが帰国後私に電話でうれしそうにその試合のことを話してくれた。

「試合前に偶然に奥君に会ったら、試合に出ることになったという。それでは栄養補給だと2人でステーキを食べたんです。でももともと色白の奥君が、緊張のせいか顔面蒼白の感じだったんですよ」

しかし、そんな栗原カメラマンの心配を吹き飛ばすかのように、奥君は大活躍した。2月26日、相手はナンイートン(NUNEATON)というクラブチーム。右ウイングとして出場した奥君は、前半9―9の均衡を破る劇的なトライを上げ、後半も鋭いタックルでナンイートンの反撃を防ぎオ大を21対19で勝利に導く原動力になったと栗原カメラマンは私に話してくれた。

試合後、オ大FBのヒューゴ・マクニール主将(ダブリン大学のメンバーとしても先年来日、アイルランド代表)が、「カツ(奥君の愛称)、今日は日本人がオ大ラグビー部のメンバーとして、このイッフレーロード(オ大ラグビー部のグランドの地名)でプレーした“歴史的な日”だぞ」と奥君のプレーを讃えていたという。

身長181でかつて植山2世と期待された奥君が、この試合の活躍でオ大春のアイルランド遠従メンバーにも選ばれ、日本人として日本人留学生初のブルー(オ大、ケ大の対校戦に代表選手として出場した選手にのみ与えられる称号)の期待が生れてきた。(サッカーでは加藤前駐英大使がブルー)

取材を終え、オックスフォードを去る日に、われわれは感謝の気持ちとしてささやかな昼食に奥君を招待した。その席で2枚のジャージーをプレゼントした。高橋さんと相談して町のスポーツ用品店で買いもとめたのだが、私はあえてオ大チームカラーである、濃紺のジャージーは買わなかった。そして、「ブルーが着る濃紺のジャージーは、奥君自身の手で獲得してください」と、私は(誠に一方的だが)1人の日本人として異国でガンバル若者への激励の言葉を添えた。

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