「ラグビーマガジン」8月号に「日本人初の“ブルー”めざして」と題する署名記事が載る

奥 克彦氏の略歴

昭和56年早大政経学部卒。同校ラグビー部にも2年まで在籍した(日本代表SH奥脇=日新製鋼と同期)が、3年から外交官をめざしてラグビーと訣別。みごと早大在学中に上級国家公務員試験に合格した。

兵庫県立伊丹高時代は、昭和50年の全国大会(花園)にCTBとして出場。1回戦で惜しくも13-6で美幌高に敗れている。

現在は外務省の留学生として、2年間の予定でオックスフォード大で研修中。現地で再び、好きなラグビーを始めたところ、2月の公式戦を目前にして主力選手が負傷し、急拠ピンチヒッターとして出場の機会を得た。

この試合で勝ち越しトライを決めたほか、得意のタックルで攻守に大活躍。たちまちオ大のレギュラー入りを果たした。

9月に、ケンブリッジ大とともに来日が決まっているオ大の遠征メンバーには、残念ながら選ばれなかったが、今冬12月の第1火曜日、ケ大との対抗戦出場(ブルーと呼ばれる)めざして、練習に励んでいる。

ラグビー発祥の地で、日本のラガーマンが堂々とプレーし、しかも名門大学の代表選手となっていることは、日本ラグビーにとって大いなる誇りといえよう。